History
- 高市製薬のあゆみ
日本の薬文化は、飛鳥の地から始まったといわれています。推古天皇の時代には、この地で日本最初の薬猟(くすりがり)が行われ、天武天皇は皇后の病気平癒を祈って薬師寺の建立を発願しました。高市製薬は、その歴史が息づく明日香村で、1922年からくすりづくりを続けています。飛鳥に受け継がれてきた薬と癒しの文化と、私たちの100年の歩みを、あわせてご紹介します。
推古天皇のもと、宇陀の地で薬狩り(薬猟)を実施。日本最
初の薬狩りの記録⸺飛鳥の薬文化の起点。

天武天皇が皇后の病気平癒を祈り、薬師寺の建立を発願。
本尊は人々の病を癒す薬師如来⸺くすりと祈りに寄り添う地。

鎮花祭が大宝律令により国家の祭祀と定められる。大神神社・狭井神社で営まれ、今も全国の製薬業者が参列する⸺「薬まつり」の源流。

光明皇后が施薬院を設置。薬を施し病人を無償で治療した
⸺「施薬」の言葉の源流。

薬の町・大坂の道修町に少彦名神社が成立。中国医薬の祖神・
炎帝神農と日本の薬祖神・少彦名命を祀る⸺「神農さん」に
親しむ薬まつりの文化。

創業者・中井宗美が「ふくや薬舗」として各種医薬品の製造
と配置販売業を、明日香村にて創業。

米胚芽を用いた「福美素」を開発、のちビール酵母を主剤と
する「ふくびそ錠」へ改良。ガラス瓶詰の保健薬として配置薬
業界に新分野を開く

戦時下の統合を経て、高市製薬有限会社として再発足。
くすりづくりへの姿勢は変わらず受け継がれた。

日本で初めて、ドロップタイプのチュアブル剤の医薬品承認を
取得。噛んで服用できる新たな剤形で、服用しやすさの可能性
を広げた。
日本で唯一、イソマルをドロップ剤の基剤として製剤化。専業
だからこそ到達しえた、独自の製剤技術。
医薬品ドロップ剤の専用工場を新設。一つの剤形を深く追求
する専業メーカーとしての歩みを確かなものにした。

創業から100 年、奈良県より100 年企業として顕彰。
飛鳥の地とともに歩んだ一世紀の証。

この地とともに歩んできた百年が、次の百年へと続く一
For the next 100 years
これから - 次の百年へ
飛鳥の地で受け継がれてきた「くすりで人を癒す」文化。高市製薬は、その一端を担う一社として、100 年にわたりドロップ剤づくりに専念してきました。
これからも、変わらぬ姿勢で、人々の健康に寄り添うくすりを届け続けます。次の百年も、この地とともに。
| 1922(大正11 年) | 創業者、中井宗美が「ふくや薬舗」として各種医薬品の製造と配置販売業を、奈良県高市郡高市村(現明日香村)野口にて創業 |
|---|---|
| 1944(昭和19 年) | 第二次世界大戦による企業整備法により、企業整備会社設立に参画、工場は分工場として稼働 |
| 1946(昭和21 年) | 高市製薬有限会社を設立代表取締役に中井宗美就任 |
| 1957(昭和32 年) | 製剤工場を増築 |
| 1958(昭和33 年) | 代表取締役に中井康允 就任 |
| 1968(昭和43 年) | 本社を大阪市東住吉区南田辺一丁目10 番28 号に移転すると共に、有限会社を株式会社組織に変更 第1 期工場増築( 製剤工場) |
| 1972(昭和47 年) | 工場搬入専用道路を新設 第2 期工場増築( 包装工場及び試験研究室) |
| 1976(昭和51 年) | 事務所棟増改築 |
| 1977(昭和52 年) | 第3 期工場増築(GMP 基準関係工事) |
| 1989(平成元年) | 社員食堂等福利厚生施設増改築 |
| 1991(平成3 年) | 試験研究棟増築包装工場改築 |
| 1999(平成11 年) | ドロップ剤工場増改築 |
| 2002(平成14 年) | 第4 期工場増築( 製剤工場) |
| 2003(平成15 年) | 第5 期工場東館増改築 |
| 2005(平成17 年) | 本社を創業の地、明日香に移転 |
| 2007(平成19 年) | 中央搬出棟増築 |
| 2014(平成26 年) | 厚生棟増築 ・東館改装 |
| 2015(平成27 年) | 代表取締役社長に中井美和 就任 東倉庫ⅠⅡⅢを取得 |
| 2017(平成29 年) | 大阪中小企業投資育成株式会社より増資 |
| 2022(令和4 年) | 創業100 周年を迎える |
| 2024(令和6 年) | 事務棟増築・南館改装 |
